私たちの世代では、根性論を叩きつけられました。
うさぎ跳び、魔法のヤカン、スポコンアニメ・・・。
体育会系の皆様は、いまでも結構キツイ努力を強いられた時期を、覚えている事でしょう。
社会に出れば、いずれ必要になる精神論は、確かに必要なファクターだった。
今のつらい経験・苦痛が、後々の辛い局面にそれらが糧になって、簡単に諦めてはいけないと経験上確信できるようになる。
途中で諦めたら、それまでの時間が無駄になる。
勿体ないと・・・。
他方で、努力を意識しなければいけない立場は、精神衛生上あまりヨロシクありません。
苦痛や疲労を感じて、どうにもネガティブな印象だし、心身にとってそれが、継続されれば不健康になりそうです。
もし、やりたくない事をやったり、負荷を感じる作業を喜んで、楽しんで耐えているのならそれは、本人にとって根性を養っている最中ではなくて、楽しんでいる最中なので、努力ではないでしょう。
それを第三者が見て、努力しているというのなら、もちろん努力です。
どちらにしろ嫌な事を続けるのは、大変な作業です。
それこそ時としてその行為は、命懸けです。
ところで、シニアのビジネスには、根性論は不要だと思っています。
確かに”継続は力なり”は、事実です。
それを命を懸けて貫徹するのか、楽しんでするのか・・・?
ビジネスの成功は、その様な発想で深掘りして解決できれば、幸いだと思います。
当初は苦痛に感じていたことが、馴れて来れば楽しくなる事もあるでしょう。
昨日より今日、今日より明日、能力が身に就けばそこに喜びを感じるのは、哺乳動物や鳥類などの本能の一つです。
出来なかった事が出来る様になれば、次はこれをこなせる様になろうとも思ったりします。
他方、インターネットビジネスで成果を出すためには、リアルなビジネス同様、時間と行動が要求されます。
なのでそれを大変と感じるか、楽しみながら続けられるかが一つの分岐点になる時があるでしょう。
そう言う意味ではもはや、精神論は意味がないように思っています。
例えば、釈尊(お釈迦様・仏様)も生死を賭した修行を行っている間には、悟れなかったそうです。
その集積が悟りに繋がったとも言われてはいません。
その試行錯誤は釈尊が進んでその境地を選んで、黙々とこなしていった。
はた目から見れば、過酷な修行も悟りたいがためだった。
それでも出来なかった目標が、菩提樹の下で瞑想したその時、悟られたと言われています。
その折、彼の弟子たちは一時、苦行を否定した釈尊をさげすみ、彼の下を離れて行ったそうです。
しかし、釈尊は一人々々にその時の教えを説いていった。
悟った者が、他の者たちに説法するのは、一つの尊い行い。
世の偉人たちはその様にして、多くの人々の心に灯をともしていったのでしょう。
話変わって、永平寺で修行されたある若い僧侶から、お話を伺ったことがあります。
その修行の一つに、とにかく罵倒され続けて精神を食い潰される様な修行が、あるそうです。
その修行は、罵倒する側もされる側も修行になる。
お互いその辛さを乗り越える事が、禅僧の修行の一つだという事でした。
これはまるで戦場の兵士の様に、命懸けの作業です。
普通の人には中々出来ない苦行です。
私たちシニアのインターネットビジネスは、なにも説法をするわけではなくて、とにかく継続させて成功をゲットする事が目標です。
それには、修行より楽しんで作業できる様に、自分の立場を持って行くことがキモになります。
収入の流れのテーマも、苦行になっては説法をしなければならない立場になりそうです。
“継続は力なり”は自己を見つける力、愛や慈悲を忘れずに正直に、素直に作業をこなせれば、成功を掴めそうな気がします。
フライドチキンで有名な彼のごじんも、売り込みのために長年各地を巡ってその苦労話が語られていましたが、当のご本人は美味しいフライドチキンを多くの人に味合わせたい一心で、その行為は苦労と感じるよりも、むしろ楽しみながらスリルを味わいながらシニアな年齢で、その希望を成就したという事はかの国の啓蒙書・ビジネス書では有名なお話です。
話変わって、例えばコンテンツを増やせば、確かにアクセスボリュームは期待できます。
しかし、成約があってこそのビジネスです。
ココに陥穽(落し穴)があります。
上位表示されているのに、売り上げが上がらない。
という事での途中下車です。
この作業には停滞時期も訪れます。
プラトーです。
むしろ能力が低下した様なイメージすら、感じたりします。
プロスポーツマンやハイクラスなアスリートなら多くの皆様が、経験しています。
それは、世間でいう悪魔のささやきとか、諦観を誘う妬みの神の試練です。
その症状に惑わされることなく、作業を進める事がキモになります。
そのためにはたとえ断続的にでも、作業を進める事が次善の策になります。
休憩しながらでもしぶとく辞めない事が、失敗からは遠ざかって成功へ向かって行くベクトルになります。
要は諦め切れない、後ろ髪を引かれる思いを持ち続ける事である時フト、気が付く時があるハズだという発想です。
それはまるで、釈尊のように・・・。
ハーランド・デーヴィッド・サンダースのように・・・。
表層の意識ではなく、潜在意識にまで思いを沈殿させるという発想です。
そう考えれば、長い付き合いになるかもしれません。
ヒトの意識とは海洋に浮かぶ氷山の様に言われています。
無意識の力を信じて、あなたの意思から成功を消滅させることなく、主観的に自分をリサーチして見ましょう。
その点、生涯学習なのかもしれません。
どうせヒトは生きている限り、何かを考えているモノ。
以上の様な発想に厭世を持たない様に、それでも諦めないように工夫ソノモノを楽しんでみてはいかがでしょうか。
このビジネスは¥0スタートです。
既に多くの成功者が今でも、このビジネスで生計を立てています。
あなたにも可能なビジネスです。
コメント